―若者を取り巻く環境と価値観の変化―
「坂の上の雲」
今、司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」がNHKでテレビ放映されています。毎回とても感動的で、あっという間に終わってしまいます。明治の頃の若者の希望に満ちた目はぎらぎらと輝いており、おのずと今の若者の生気のない目と比較してしまいます(演技をしているのは今の若者だということも忘れて…)。
親を大切にし、礼儀正しく、自分の考えに自信を持ち、国のため夢の実現のためにひたすら勉学に励む。明治時代の若者は、限界が見えないからこそ多くの実現可能な夢を持ち、迷うことなく邁進するのでしょう。
確かに、日本は戦後の荒廃から立ち上がり経済発展を成し遂げましたが、その蓄えはバブルとともに消え、日本人にあった倫理観も知らぬ間になくなっています。でも、今の日本は本当に発展した国なのでしょうか?いまだに日本のいたるところに米軍基地が点在し、アメリカのご機嫌をうかがっている。さらに中国やロシアにも気をつかい、北朝鮮に拉致されても我慢している。牛や羊を平気で食べている人たちに、クジラを食べる日本人は非人道的だと非難され日本の調査捕鯨船に体当たりされても我慢している。
私の所には職場でストレスを受けた若者が多く来ます。「上司から何度も理不尽なことを言われた。」「残業を無理やりさせられたが残業手当は支給されなかった。」などなど…。結局、職場では何も言えず、ストレスから心の病気になり、診察室で溜まった不平不満を全部私に向けて吐き出します。「なぜ自分の正当性を主張しないのか!」「なぜ自分の考えに自信を持たないのか!」私は何度も心の中でつぶやきます。時には言葉に出して叱ることもあります。
自分中心に半径3mにしか関心がない若者
私は機会あるごとに若い人たちに「将来の夢は?」という質問をぶつけます。女性からは「好きな人と結ばれたい」という答えが返ってくることが多く、男性の場合「今の生活を大切にしたい」など、とても『夢』とは言い難いものもあります。自分の身の回りのことにのみ関心があり、他から干渉されたり傷つけられることを嫌います。恋愛至上主義の若者が多く、失恋は人生の最大の試練と断言します。もちろん、大きな夢を持ち、その実現のために頑張っている若者もいますが、決して多数派ではありません。貧乏を意識するのはどんなとき?という質問に対し「携帯電話が使えなくなったとき」と言う若者が多いという調査結果が出たそうですがこれにはびっくりしました。
潜在する情熱とエネルギー
今の日本は、明治時代と違い、限界が見え、頑張っても報われることが少ない社会になっているのかもしれません。さらに温暖化で地球環境はどんどん悪くなり、若い人たちが将来に希望を失い刹那的になるのも無理もありません。
予備校のある受験生に「なんでそんなに頑張っているの?将来の夢は?」と問いかけると「とりあえず、大学にはいって選択肢を広げ、いろいろやってみて何をしたいか決める。」という答えが返ってきました。彼は自分の可能性を信じ『夢』を探しているのでしょう。
今の混沌とした日本で、自分を探し続けている若者は多くいます。本当は若い人たちの心の奥には、明治時代の若者と同じような強い情熱やエネルギーが潜在しているに違いありません。私たちは、彼らがこれらを十分に発揮できような社会を作っていかなければなりません。